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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)276号 判決

控訴人(原告) 関利作

被控訴人(被告) 新潟県知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し被控訴人が新潟県南魚沼郡塩沢町大字早川字大江作六五五番甲宅地二九九坪について自作農創設特別措置法第三条及び第一五条の規定により昭和二七年四月一〇日なした買収処分の無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

第二  当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は次に掲げるほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(原判決二九八丁一行目「十七年」とあるは「十五年」の誤記であることは明らかである)。

控訴人は当審で次のとおり陳述した。

一  上田村農業委員会は、はじめ昭和二四年五月二五日付の関忠の申請により買収並びに売渡計画を定め、その違法であることを知りながら、昭和二七年三月一一日申請手続をしない関伝の申請として、あらためて買収並びに売渡の計画を定めたのは、「誤記」ではなく、事実を曲げたものであり、明白かつ重大な「かし」のあるもので無効である。

二  およそ一筆の土地の一部を買収する場合には、公簿面積から買収にかゝる一部の面積を出すことは不可能であるから、買収すべき土地を実測して実測図面を表示して買収するのでなければ、買収する土地の範囲が特定を欠くものとして買収処分は無効であることを免れない。本件買収処分は単に公簿面の二九九坪の内二六九坪として買収計画をたて、買収令書に記載したものであつて無効である。

またかりに被控訴人の主張するように、関係者間に買収土地の範囲につき乙第二号証(乙第八号証)の協定が成立したとしても、右書証には、「現況畑と認められる約三畝歩を二分し半分は買収計画を取消すこと」とあり、このことからは、いわゆる「裏の畑」を買収地に入れ、「のぼりの畑」を二分し、その一を除外することを定めたものとは解されない。またもし三畝歩の畑の半分(四五坪)を買収から除外し、「裏の畑」一畝全部を買収することを協定したのであれば、「のぼりの畑」二畝を等分するのでなく、その三畝歩の半分四五坪を買収除外しなければならない。「のぼりの畑」二畝のうち一畝を除外するという協定が成立したこともなく、それを前提として買収計画をたて、かつ令書に記載された買収処分は違法であるばかりでなく、重大且つ明白な「かし」がある。

被控訴人は当審で次のとおり陳述した。

一  旧自作農創設特別措置法は耕作者の地位を安定するため自作農を創設するものであるが、この法における自作農は農業経営の主体をその人個人に着眼せず、農業世帯の中心としての経営主体に求めている。このことは右法律中随所にその旨の規定のあることによつて明らかである。また農家の財産は今なお極めて家産的である。したがつて「自作農となるべき者が賃借権を有する宅地」の買収申請は農地の売渡しを受けた個人だけではなく、その者を含めた自作農世帯の経営的主体がその経営上必要とする宅地の買収申請をすることは、本法の趣旨から認められるべきことである。

本件宅地の買収申請については、宅地の賃借権を有する関伝が、息子忠の名で買収したい旨を述べて、乙第一号証の二を自書して出し、更に息子忠が父伝の言付けで、乙第一号証の一の申請書を出したので、上田村農業委員会はこれによつて本件宅地の買収計画を定め、被控訴人はこの計画に基づいて買収処分をした。事実、関伝と忠とは同一世帯に属し、伝は村長をしていたため、同家の農業経営一切は忠が当り、忠がいわゆる経営主体であつた。したがつて、関忠名義でなされた本件買収申請は適法である。

かりに右の申請が不適法であるとしても、これらの事情を考えあわせると、同村農業委員会が適法な買収申請と誤認したことは、全く理由がない訳ではないから、右誤認は一見して客観的に明白な誤りではない。

二  買収令書に買収目的地の表示として一筆の土地の一部を単に地積を表示して掲げるに過ぎない場合においても、買収手続当時の事情のもとに、右表示が一筆の土地のうち特定の一部を指すものであることが、関係当事者間に疑を容れない程度に分る場合には、買収令書で買収目的地が特定されていると解するに妨げがない。かりに買収目的地の範囲の特定が不完全であるという理由で、本件買収処分に「かし」があるとしても、右「かし」は右の事情のもとでは、買収処分は当然無効の事由となるものではない(昭和三二年一一月一日判決、最高裁民事判例集一一巻一二号一八七〇ページ)。

本件の買収計画に対し控訴人から訴願の提出があり、同委員会の委員が調停を試みたところ、乙第二号証(乙第八号証)のとおりの合意が成立し、訴願を取下げたため、同村農業委員会はこの合意に基づき本件宅地の買収計画を定め、所定の手続を経て、控訴人に買収令書を交付したものである。右協定書には「右宅地の現況畑と認められる約三畝歩を二分し、半分は買収計画を取消す」とあるが、右半分はいわゆる「のぼりの畑」の半分であることは、宅地の状況などから見て疑の余地なく、控訴人もこれを知つていたものと考えられ、本件宅地の状況から境界線を被控訴人の主張するように定めることは、客観的に相当の合理性がある。結局買収令書記載自体に特定していないという違法は、本件買収処分を無効ならしめる程の重大かつ明白な「かし」でないと解すべきである。

理由

一  自作農創設特別措置法第一五条により市町村農地委員会に宅地の買収を申請する者は、同法第三条の規定により買収する農地若しくは第一六条第一項の命令で定める農地につき「自作農となるべき者」であつて、同一世帯にあつて農業を営む者であつても、そうでない者は申請権者でないと解するのが相当であつて、関伝の子の忠がなした買収申請によつて買収処分をしたことが違法であると解すべきことは、原判決理由に説明するとおりである。

そこで、次に右の違法が控訴人の主張するように、買収処分を無効ならしめるべき重大かつ明白なものであるかどうかの点について考えてみる。証人関伝(第一回)及び角田武治の証言と同証言によつて成立を認めうる乙第一号証の一、二によると、買収申請資格者である関伝は当時村長をしており、農業の実質上の経営者は息子の忠であり、関伝はむしろ息子忠名義で宅地を買収したい希望から、忠名義の乙第一号証の二の書面を上田農地委員会に差し入れ、忠は伝の意を受けて自ら乙第一号証の一の申請書を提出したものであるが、上田農地委員会が昭和二七年三月一一日関忠の申請に基づき本件宅地について買収計画を定めるに至つたのは、関伝がその頃同委員会の書記角田武治に対して伝が申請した宅地買収の手続がどうなつているかをたずね、角田書記が調査したところ、宅地の買収手続が未処理になつていることを発見したのがきつかけであること、同委員会において、本件宅地に関する買収計画とともに、関伝への売渡計画を審議した際にも、売渡人が違うではないかとの話が出たが、関伝が村長の地位にあり、実質上の農業経営は息子の忠が行つているところから、忠名義で売渡しを受けたいと希望して、同人が自ら買受人として、忠の名前を記載した書面(乙第一号証の二)を出していることなどを角田書記が説明したので、右申請は実質上は伝からなされたものであるとして、買収計画並びに売渡計画が定められたものであることが認められる。

そして証人関伝(第一回)、関忠の証言によると、事実伝は村長で農業に従事せず、実質上農業に従事しているのは、同一世帯にある息子の忠であることが認められる。農家の実情においては、同一世帯にある家族の財産は、個人的に明らかに区別されず、今なお家族共同体的色彩が強いことは顕著な事実であり、したがつてまた同じ農村に住む農地委員会の委員としても、同様の考え方が支配していることも否定できない。そして旧自作農創設特別措置法第二条第二項第四項の規定を見ても、この法律で自作地とか小作地とかいうのも、耕作の業務を営む者の同居の親族若しくはその配偶者が有する権利は、耕作の業務を営む者の有するものとみなす旨規定し、農業経営の主体をその人個人に着眼せず、経営主を含めた構成員全体によつて組織される協同的農業経営体ともいうべき世帯を単位として考えていることがうかがわれる。

以上のような買収申請のいきさつ、関忠が関伝とは同一世帯にあつて、実質上農業を営んでいること、一般の農業世帯の実態、旧自作農創設特別措置法の精神などから考え併せるときは、同村の農地委員会においても、本件の場合に適法な買収申請があつたものと誤認して、買収手続をとつたことは、全く理由がない訳ではないから、右誤認が一見して客観的に明白な誤りであるとするのは相当でない。

本件買収処分が申請適格を有しない忠の買収申請に基づいてなされたことは前述のとおり違法ではあるが、右の違法は初めから申請が全然なされなかつた場合とか、申請適格を有しない者の申請であることが一見して客観的に明白である場合などと異なり、未だ重大かつ明白な「かし」として本件買収処分を無効ならしめる程のものでないと解するのが相当である。したがつて、控訴人のこの点に関する主張は結局その理由がない。

二  次に成立に争のない甲第一号証の一によれば、本件買収令書には、買収土地の表示として、南魚沼郡上田村大字早川字大江作六五五の甲宅地二六九坪と表示してあり、摘要欄に台面(台帳面の意か)二九九坪の記載があるだけで、買収土地の範囲を明らかにする図面等の添付がないことが認められる。したがつて、台帳面積二九九坪の内どの部分を買収するのか、その土地の範囲が明らかでないから、買収土地を特定しない点で「かし」があることを免れない。

しかし買収手続当時の事情のもとに、右表示が一筆の土地のうち特定の一部を指すものであることが、関係当事者間に明らかに認められる場合は、買収令書で買収目的地が特定されていると解するに妨げなく、右「かし」は買収処分を当然無効ならしめる事由となるものでないと解するのが相当である。本件買収計画に対して控訴人から訴願の提出があり、同委員会の委員が調停を試みたところ、乙第二号証(乙第八号証)のような合意が成立し、訴願を取下げたため、同村農業委員会はこの合意に基づき、本件宅地買収計画を定め、所定の手続を経て、控訴人に買収令書を交付したものであることは、証人伊藤和夫、糀沢千寿、関伝(第二回)の証言によつて認めることができ、これに反する控訴人本人の尋問の結果は採用しない。右協定書には「右宅地の現況畑と認められる約三畝歩を二分し、半分は買収計画を取消す」とあるが、「右宅地の現況畑と認められる約三畝歩」とあるのは、実測しなかつたため坪数は正確ではないが、その大よその坪数をいつたものであつて、いわゆる「のぼりの畑」を指すものであることは、検証の結果によつて認められる地形と前記証人の証言によつて明らかである。そして買収の目的となる土地が台帳面二九九坪から「のぼりの畑」の半分実測約三〇坪を除外した土地で、原審判決の別紙図面(イ)(ロ)の線から控訴人側の宅地を除外した土地であり、そのことが関係者間に了解され、控訴人もこれを知つていたものと認められるべきことは、原判決に詳細説明しているとおりで、原判決に掲げる証拠によれば、その事実を認めることができる。すでに買収の土地の範囲が関係者間に明らかに認められる以上は、買収令書の記載自体によつて土地の範囲が確定しないという「かし」は、本件買収処分を無効ならしめる程の重大かつ明白な「かし」でないといわなければならない。したがつて、この点についての控訴人の主張も採用することができない。

三  そのほかは原判決理由と同一であるから、これを引用する。

したがつて、本件買収処分に無効原因である「かし」のあることを前提として、右処分の無効であることの確認を求める控訴人の本訴請求は採用し難く、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。よつて本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 二宮節二郎 千種達夫 渡辺一雄)

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